1から分かる浄土真宗 浄土真宗の教えが分かる

今から800年前、親鸞聖人が明らかにされた教えを浄土真宗といいます。
初めて勉強する人にも、分かりやすいイラスト入りで、浄土真宗を1から解説していきます。

「他力本願」の本当の意味とは

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問他力本願という言葉をよく聞きますが、他力とは、他人まかせのことですか?
答みんな他力というと、「他人のふんどしで相撲を取る」ことのように思っています。力のない人が力のある人に助けを求める依存心と思っているのでしょう。新聞に堂々と、「他力本願ではいけない、自力更生でなければならぬ」と書かれているのもその証拠です。しかし他力の語源は仏教なのですから、仏教の意味に従わなければなりません。

では、仏教で他力とはどんな意味なのか。親鸞聖人は、「『他力』と言うは如来の本願力なり」(教行信証)と明示されています。如来とは、阿弥陀如来のことですから、阿弥陀如来の本願力のみを他力というのです。

 

問阿弥陀如来の本願力とは、どんなお力ですか?
答阿弥陀如来とは、大宇宙のあらゆる仏の先生です。その阿弥陀如来の本願力とは、どんなお力をいうのでしょうか。

親鸞聖人は、「無明長夜の闇を破し、衆生の志願を満てたまう」力であると鮮明に教えられています。「無明長夜の闇」とは、私たちの苦悩の根元である、後生暗い心のことです。何のために生まれてきたのか、生きているのか、なぜ苦しくとも生きねばならないのか分からない。死に直面すると真っ暗な心です。生きている現在ただいま、この後生暗い心をぶち破り、明るい日本晴れの大安心にするお力こそ、弥陀の本願力(他力)なのです。

他力とは阿弥陀如来の本願力のこと、親鸞聖人は、「無明長夜の闇を破し、衆生の志願を満てたまう」力であると鮮明に教えられています。

「衆生の志願を満てたまう」とは、食べたい飲みたい楽がしたい眠たいの、私たちの欲望を満たすと言われているのではありません。「永遠に変わらない幸福にしてやりたい」という、弥陀の崇高な志願を、衆生の上に満たしてくださるということです。
ですから、弥陀の本願力に救い摂られたならば、苦しみの人生が、歓喜あふれる人生に大転換させられます。人間に生まれたのはこれ一つであったと、人生の目的が完成し、矢でも鉄砲でものファイトがわいて、たくましい人生が開けるのです。他力に生かされた親鸞聖人のご生涯を知れば、明らかでしょう。

「衆生の志願を満たす」とは、食べたい飲みたい楽がしたい眠たい、などの私たちの欲望を満たすということではない。

問自然の恵みも、お他力さまですよね?
答一般には、自分の力以外をすべて他力と思い、太陽の働きや雨や風や空気、その他自然の働きもすべて他力と心得られていますが、それはとんでもない間違いです。

なぜなら、もし太陽や自然現象をすべて他力としますと、阿弥陀如来が時によっては、干ばつで我々を苦しめ、地震や台風で人命を脅かし、財産を失わせることがある、ということになります。これらをすべて他力、阿弥陀如来のお力とすることは、大慈大悲の阿弥陀如来に対する濡れ衣といわねばなりません。
もちろん、自然の力や人々の協力の恵みに感謝の気持ちを持つことは大切ですが、これを弥陀のお力と思ってはならないのです。

自然現象を他力とすると、阿弥陀如来が時によっては私たちを苦しめることがある、ということになる。自然現象は他力ではない。

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