なるほど親鸞聖人 親鸞聖人への疑問がスッキリ

親鸞聖人は、あまりにスケールが大きすぎて、とらえどころのないお方のようです。
そのためか、聖人に対する誤解曲解もまた多いのが事実。
それらの誤解、疑問がスッキリするコーナーです。

親鸞聖人は、なぜ公然と結婚されたのですか?

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(質問)親鸞聖人は、なぜ公然と結婚されたのですか?

親鸞聖人は三十一歳の御時に、「肉食妻帯」をなされました。「肉食」とは魚や獣の肉を食べること、「妻帯」は結婚することです。

当時、天台宗や真言宗などの聖道門といわれる仏教では、肉食妻帯は固く禁じられていました。厳しい戒律を守って修行に打ち込み、欲・怒り・愚痴の煩悩と闘って、さとりを得ようとするのが、これらの教えだからです。

僧侶が公然と肉食妻帯することは、仏教界だけでなく、世間でも大問題でした。

かくして聖人には、「破戒僧」「堕落坊主」「仏教を破壊する悪魔」「仏敵」「色坊主」などの、聞くに堪えない悪口雑言が嵐のように浴びせられ、世間中のあらゆる非難を一身に受けられることとなったのです。

このような聖人の言動を見て、〝己に素直に生きられたお方〟といったイメージを持っている人は少なくないようです。しかしこれは、己の欲望のままになされた行動ではありません。

非難を覚悟の上で、あえて公然と肉食妻帯をなされたのはなぜなのでしょう。

それは、僧侶も在家の人も、男も女も、老いも若きも一切の差別なく、すべての人がありのままで救われるのが本当の仏教であることを明らかにするためでありました。


人間の姿は

農林水産省の統計によれば、鶏肉だけでも国内で年間六億三千万羽以上が食肉処理されているといいます。ほかにも魚、牛、豚など、私たちは食欲を満たすのに、どれほどの生き物の命を奪っていることでしょう。また、野菜や穀物を作る時には、多くの虫を駆除しています。蚊に刺されて怒りのあまり殺したり、楽しみのために釣りや狩猟で殺すこともあります。

私たちには当たり前のようでも、かれらは決して人間のための生命とも、当然の犠牲とも考えていないでしょう。どんな生き物でも死が苦しみであることは変わりなく、船上の魚がピチピチはねるのも、首を絞められる鶏がバタバタもがくのも、苦しいからに違いありません。

お釈迦さまは、すべての生命は平等で、上下はないと教えられます。聖道門の仏教で肉食が禁じられているのは、生き物を殺す「殺生」を禁じられたということです。

ところが私たちの生は、自分にその自覚がなくとも、多くの生き物の生命の犠牲の上に成り立っている。殺生せずして生きていくことはできないのです。


また、形の上で結婚していない人もありますが、仏教が最も問題にしているのは心です。心で思わないことを、口や体が言ったりやったりしないからです。

たとえ口や体でやらなくても、心で異性のことばかり考えているのは、妻帯しているのと同じことになります。

色と欲から生まれた者に、色と欲から離れ切れというのは無理なこと。

ですから、肉食妻帯している者が救われないとしたら、すべての人が救われないことになってしまいます。

 

この人間の真実に驚かれた親鸞聖人は、

「どんな人をも
必ず絶対の幸福に助ける」

と誓われた「阿弥陀仏の本願」によって、二十九歳の御時、その誓いどおりの身に救い摂られました。〝これこそが万人の救われる道〟と身をもって知り、この真実の教法を何としても明らかにせずにいられなかった破天荒な布教行動が「肉食妻帯」でした。その結果受けた多くの迫害や嘲笑も、

「ただ、仏恩の深きことを念じて、人倫の哢言を恥じず」(教行信証)

〝謗りたい者は謗ればよい、私は阿弥陀仏の御心のままに生きよう〟との信念に生き抜かれたのです。

 

(まとめ)

○親鸞聖人が「肉食妻帯」を公然となされたのは、本当の仏教を明らかにするためでした。

○私たちは、肉食妻帯せずしては生きていけません。

○そんな万人を必ず救うと誓われたのが、阿弥陀仏の本願です。

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